農地を相続したくない場合の5つの選択肢|弁護士が手続きと注意点を解説
「農業をしていないのに農地を相続することになった」
「相続した農地を持て余している」
このようなご相談を受けることが増えています。農地は通常の不動産と異なり、農地法による売買制限があるため、「売れない」「活用できない」「でも固定資産税と管理費用はかかる」という三重苦に陥りがちです。
本記事では、農地を相続したくない方に向けて、取り得る選択肢とそれぞれのメリット・デメリット、手続き上の注意点を弁護士の視点から解説します。
1. 農地を相続するリスク
まず、農地を相続した場合にどのようなリスクがあるかを整理します。
(1)売却が困難
農地を売却するには、農業委員会の許可(農地法3条許可)が必要です。許可を得るためには、買主が以下の要件を満たす必要があります。
- 農地のすべてを効率的に耕作できること
- 必要な農作業に常時従事できること
- 周辺農地の効率的利用に支障を生じないこと
つまり、農業をする意思と能力のある人にしか売却できません。不動産会社に依頼しても、買い手が見つからないケースが少なくありません。
(2)転用にも制限がある
農地を宅地や駐車場に転用する場合も、農地法4条または5条の許可が必要です。特に、農業振興地域内の農用地区域に指定されている農地(いわゆる「青地」)は、原則として転用が認められません。
青地の転用は二段階の手続きが必要
青地を転用するには、まず市町村に農用地区域からの除外(農振除外)を申請し、認められた後に農地転用許可を申請するという二段階の手続きが必要になります。
農振除外自体のハードルが高く、数年単位の時間を要することも珍しくありません。
立地条件によっては転用許可を得ること自体が極めて困難で、「農地のまま持ち続けるしかない」という状況に陥ることもあります。
(3)管理の負担と遊休農地問題
農地を適切に管理せず放置すると、農業委員会による利用状況調査・利用意向調査の対象となり、遊休農地と判断される可能性があります。
遊休農地と判断されると
- 農業委員会から利用意向の確認を受ける
- 農地中間管理機構への貸付け協議の勧告を受けることがある
また、草刈りをせず雑草が繁茂したり害虫が発生したりすると、周辺農地に迷惑をかけ、近隣トラブルに発展することもあります。
遠方に住んでいる場合、管理業者への委託費用も無視できません。固定資産税は農地として低く抑えられているとはいえ、活用できない土地に毎年税金を払い続けることになります。
(4)相続登記の義務化
令和6年4月1日から相続登記が義務化されました。不動産を相続で取得したことを知った日から3年以内に登記申請が必要です。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象となります。
なお、施行日前に発生した相続についても経過措置として期限が設けられており、令和9年3月31日までに申請が必要です。
「名義を変えなければ自分のものにならない」というわけではなく、登記をしなくても相続自体は発生しています。登記を放置しても農地の管理責任や固定資産税の負担からは逃れられません。
(5)農業委員会への届出義務
相続登記とは別に、相続等により農地の権利を取得した場合は、農地の所在地の農業委員会への届出が必要です(農地法3条の3)。
- 届出期限:相続の開始があったことを知った日からおおむね10ヶ月以内
- 罰則:届出をしなかったり虚偽の届出をした場合は、10万円以下の過料に処せられることがあります
2. 農地を相続したくない場合の5つの選択肢
では、農地を相続したくない場合にどのような選択肢があるかを見ていきます。
1相続放棄
最も確実に農地の相続を回避できる方法です。
手続き
被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出します。
期限
原則として、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内です。
熟慮期間の起算点について
判例上、熟慮期間は原則として、被相続人の死亡の事実を知り、かつ、これにより自分が法律上の相続人となった事実を知った時から起算されます。
したがって、先順位の相続人全員が相続放棄をしたことで自分が相続人となった場合は、その事実を知った時点から3ヶ月となります。
また、例外的に、相続人において相続財産が全く存在しないと信じ、そう信じることに相当な理由があり、調査を期待することが著しく困難であった等の特段の事情がある場合には、相続財産の全部または一部の存在を認識した時(または通常これを認識し得べき時)から起算するとした判例もあります。遠方の農地の存在を知らなかったケースなどでは、この例外が問題になり得ます。
熟慮期間の伸長
3ヶ月以内に判断できない事情がある場合は、家庭裁判所に「熟慮期間伸長の申立て」をすることで期間を延長できます。農地の調査や他の相続財産の把握に時間がかかる場合などは、期間内にこの申立てを検討すべきです。
メリット
- •農地を含むすべての相続債務・相続財産から解放される
- •手続きが比較的シンプル
デメリット
- •農地を含むすべての相続債務・相続財産から解放される
- •手続きが比較的シンプル
2他の相続人に取得してもらう(遺産分割協議)
相続人が複数いる場合、遺産分割協議で農地を他の相続人に取得してもらうことが考えられます。
農業を継続する意思のある相続人がいれば、その方に農地を集約することは合理的です。その代わり、他の財産(預貯金など)を多く取得するという調整も可能です。
ただし、現実には「誰も農地を欲しがらない」というケースが多いです。
手続き
売買契約を締結した上で、農業委員会に農地法3条許可申請を行います。
許可が下りなければ売買は無効となりますので、契約書には「農地法の許可を条件とする」旨を明記しておくべきです。
買い手の探し方
農業委員会のあっせん制度を利用する
農地中間管理機構(農地バンク)に相談する
JAや地元の農業者に声をかける
農地専門の不動産業者に依頼する
注意点
農地の売却価格は宅地と比べて非常に低いのが一般的です。固定資産税評価額を下回るケースも珍しくありません。「売れるだけでもありがたい」という気持ちで臨む必要があるかもしれません。
3転用して売却・活用する
農地転用が可能な土地であれば、宅地等に転用した上で売却または活用する選択肢があります。
農地転用の許可基準
農地転用の許可基準には「立地基準」と「一般基準」があります。
立地基準による区分
農用地区域内農地(青地)
転用には農振除外が前提
甲種農地・第1種農地
第2種農地
周辺に代替地がない場合等に許可
第3種農地
市街化区域内の農地
市街化区域内の農地については、農地法上の許可は不要で、あらかじめ農業委員会への届出を行えば転用が可能です(届出は事前に行う必要があります)。
ただし、都市計画法や建築基準法など他の法令による規制は別途適用されます。
まずは農業委員会に相談し、所有する農地がどの区分に該当するかを確認してください。
4相続土地国庫帰属制度を利用する
令和5年4月27日から、相続した土地を国に引き取ってもらえる「相続土地国庫帰属制度」が始まりました。農地も対象となります。
申請先
土地の所在地を管轄する法務局
費用
- 審査手数料:土地1筆につき14,000円
- 負担金:原則20万円(農地は面積等に応じて算定)
国庫帰属が認められない主な要件
- 建物がある土地
- 担保権や使用収益権が設定されている土地
- 境界が明らかでない土地
- 土壌汚染対策法上の特定有害物質による汚染がある土地
- 通路など他人の利用が予定されている土地
農地特有の注意点
- 水利権や入会権などの権利関係が設定されている場合は対象外となり得ます
- 土壌汚染については、農薬であっても特定有害物質に該当する種類・濃度であれば問題となる可能性があるため、事前に確認が必要です
この制度は、売却も転用もできない農地の「最後の手段」として有効ですが、要件が厳しく、すべての農地が引き取ってもらえるわけではありません。法務局の相談窓口で事前に確認することをお勧めします。
3. 限定承認という選択肢
あまり知られていませんが、「限定承認」という方法もあります。
限定承認とは、相続財産の範囲内でのみ被相続人の債務を弁済し、残余があれば相続するという手続きです。
農地の価値が不明な場合や、他の相続財産・債務との兼ね合いで相続すべきか判断がつかない場合に有効な選択肢となり得ます。
限定承認の制約
- 相続人全員で共同して行う必要がある(単独ではできない)
- 家庭裁判所での手続きが必要で、相続財産の清算手続きを行う必要がある
- 被相続人から相続人への譲渡があったものとみなされ、譲渡所得税が課される可能性がある
実務上、限定承認が利用されるケースは多くありませんが、状況によっては検討に値します。
4. 農地の相続でお困りの方へ
農地の相続問題は、農地法の規制と相続法の両方が絡む複雑な問題です。
「相続放棄すべきか」「遺産分割でどう主張すべきか」「転用は可能か」といった判断は、個別の事情によって大きく異なります。
当事務所では、農地を含む相続問題について法律相談を承っております。愛知県内の農地については、地域の農業委員会の運用も踏まえてアドバイスいたします。
お気軽にご相談ください。